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ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
ビル・ゲイツの予言 令和2年3月25日

ミヤコさん

 正直、ワクワクするようなお伝えすることがありません。どこもかしこも、コロナ一色です。経済大打撃はリーマンショック、東日本大震災と経験しましたが、正直実感がありませんでした。それに比べ今回は、目に見えないものと戦う不安、いつ収束するか先の見えない不安で、結構まいっています。
 先が見えないことが、一番不安なんだとあらためて思います。
3月も今週いっぱいというのに、コロナウイルス感染状況にあまり変化はありません。いや、欧米では日毎に感染者数や死亡者数が増え、都市の完全封鎖などとんでもないことになっています。
 テレビの映像を通してみる光景は、街に人がいないということがどれだけ異常なことかを実感します。

 5年前2015年の3月のTED Talks でのビル・ゲイツのスピーチを観ました。(ミヤコさん是非YouTubeで観てください。)ビル・ゲイツが、今の世界の状況を予言し警告しています。今の状況を恐ろしいほどいい当てています。
 最後のくだりで「実際、エボラの蔓延から得る何か一つの良い教訓があるとすれば、私たちが準備を始める為の警鐘となったということでしょう。今始めれば、次の疫病への対策は間に合います。」と。
 8分少々のスピーチですが、今見ると神のお告げのような時間です。その場に居合わせた人、このTED Talks をYouTubeで観た人は、今の状況が起こる前まで、天才のスピーチとして聞き、天才のスピーチの切り口に少々驚いたものの、その警鐘を深く考えてはいなかったのではないかと思います。もし、神のお告げとして聞けていたら、恐怖におののき、何かしらのアクションしたでしょう。ビル・ゲイツ本人が言うように、対策が用意され今の状況を回避できていたかも知れません。
 きっと、何もかも手に入れた天才が憂うことは、こういうことなんでしょうね。宇宙レベルの視野で人類を捉え、一番の敵は微生物だという考え。これは感でなく、行き着いたロジカルな答えなんでしょう。
 到底日々の生活に追われる凡人には考え及ばないです。

 今日はオリンピック・パラリンピックの1年(ほど)の延期が決定されました。
 この一月間、この話題の無い日はなかったですよね。アスリートのことを考えると、いろいろ複雑な心境にもなりますし、この仕切り直しの今後対応が大変かと思いますが、とりあえず一つの方向性が示されたことは、どうなるかわからない不安を少し和らげました。
 そう言えば、オリンピック、ボクシングと新体操が当たってました。延期ならチケットどうなるんだろう?と凡人のセコイ思いです。

ヨサヲ
ウイルス禍と、鎮魂の春と 令和2年3月25日

 コロナをめぐり、「きょうの感染数」「なぜ拡大?」などネットやテレビでは同じような情報が繰り返されています。新聞は、情報のダブリが少ない上、紙面化までダブルチェックを繰り返すといいます。さらに、地方紙には、地域で暮らす読者に役立つ情報が載っています。自然災害や今回のような状況下では生活に寄り添い、強みを発揮するメディアですね。ふだんはネットニュースに押されているアナログな媒体ですが、底力で頑張ってほしいです!

 ヨサヲさんが楽しみにしておられたボブ・ディランの来日公演、中止になりましたね。日本の小さな「箱」が好みの彼のライブ、きっと音楽好きのオトナたちで満員だったことでしょう。
 今回、大阪のライブハウスで感染された方の分布は驚きでした。全国から40代以上のファンが足を運ばれていましたね。「ライブハウスや小劇場の演劇って、いまやオトナが支えているんやね」と言うと、「ジャンルは違うけど、バイクもそう。若者よりオトナ中心。暴走族とか、むしろ懐かしい(笑)」と友人。
 若者が夢中になる「何か」って、次の時代の若者に引き継がれるわけではない。流行や好みって、時代によって移り変わっていきます。漫然と生きていても、そんな変化を体感したり、時代を目撃できることも人生の面白さですね。

 普通に生きているだけで結構面白い、私たちの人生。大勢の人のそんな日々が、突然断たれたのが9年前の311でした。
 私は毎年、この日と翌日の新聞各紙を買っているのですが、今年はコロナ禍の影響でメディアの特集も少なめだったことは否めません。
 でも、ひとつ気づいたことが。昨年は、「希望」「明日へ」的な見出しや写真が多くて、「わずか8年なのに‥」と違和感がありました。しかし、ことしは一転、「悲しみは、まだ癒えない」のトーンに戻りました。たとえば、写真は読売新聞です。同じ3月12日の1面。右が昨年、左が今年です。時間の経過から考えたら、普通は「鎮魂→復興」と、右が新しい紙面に思えませんか。
 五輪準備に盛り上がり、観光客も増加の一途だった「無邪気な昨年」から、社会全体がトーンダウン。既にエネルギーが失せて、震災報道にもそれが反映しているようです。
 いやむしろ、昨年のイケイケ感こそ被災地を置き去りにしていたのでしょう。「いつまでも悲しんでないで、五輪だぜ!」とせき立てて。

 震災10年に向けて、これから私たちはどんな風景を見ていくのでしょう。京都市内にも、被災地からの避難者がたくさん生活しています。世間が右往左往するなか、大事なものを見落とさないようにしたいな、と考えた春の日。友人が被災地から取り寄せた旬の恵みで「セリ鍋」を囲みました。

ミヤコ
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