下村家住宅は文化元年(1804)に建てられた街道筋で最も古い建物です。街道表側には「機屋窓(ハタヤマド)」と呼ばれる格子付き中敷居窓があり、ちりめん街道内の記念撮影スポットとして知られています。
下村家の一画にある加悦郵便局舎は明治20年(1887)に建物が建てられ、電信や電報、外国為替・小包郵便の扱いを開始しました。電信事業は、価格の動きが激しい生糸相場の情報をいち早く知る事ができる手段として、多いに活用されました。そして、同28年にちりめん街道の別の場所に局舎が移動したので、わずか8年でその使命を終えました。
「機屋窓(ハタヤマド)」
丹後地区ではここでしか見られない機屋窓。その多くは丹後大震災で倒壊したため、極めて貴重で特徴的な格子付き中敷居窓です。かつて機屋は外から見えないよう、かつ外からの明かりがしっかりと取れるよう設計されており、機屋窓はその名残です。
主屋外観
平入りで煙出しを挙げた厨子2階の主屋。間口が6間で上屋が4間あることから「四六の家」と呼ばれることがあります。ちりめん街道内で最も古い建物として知られており、ちりめん街道内の記念撮影スポットとしても人気です。
加悦郵便庁舎
明治20年に建てられたこの建物は、下村家住宅の他の建物からは完全に独立した形で現存しています。この建物で電信事業が行われ、生糸相場をいち早くキャッチしていました。