複雑な現代を生きていると、時にそういった思いが込み上げてくることがあります。そこには絶え間なく続く喧噪や、現実社会の重圧はありません。あるのはかすかに聞こえる鳥や木々のざわめきと、その土地で暮らす人たちのゆったりとした会話。「静かな場所」では、季節ごとに移り変わる空気の音が聞こえてきます。
忙しい毎日や心のざわつきを抱えながらそういった場所に訪れると、時が止まった感覚を味わうことがあります。そしてなぜか、今まで歩んできた人生をふと振り返る瞬間がやってきます。静かな場所には、今までの自分の全てがある。そう言えるのかもしれません。
丹後ちりめんは今でもこの場所で地域に溶け込んで少しづつ織り込まれています。「静かな場所」それは普段感じることのできない何かを感じれる場所。
ちりめん街道は、まさにそういう場所です。
ちりめん街道は観光地として作られた町ではなく、今も地域住民の生活の場です。
どこからともなくガチャ…ガチャ…と聞こえてくる丹後ちりめんの機音、懐かしさを感じさせる木造・土壁の色彩と、なだらかな坂道が曲線を描く街道筋。加悦奥川の繊細なせせらぎと、往来する自転車の音。朝夕には子供達の声が、静かな空気に響きます。
同時に、ちりめん街道は重要な歴史建造物の宝庫でもあります。そこは明治・大正・昭和と、それぞれの時代に建築された重要な建造物がコンパクトに集約された町。そして、多くの貴重な建造物が、今でも一般住宅として利用されているのです。
時代を飛び越えて建築された建造物群が、こんなにも集約された地区は全国的に見ても珍しい。このことから、ちりめん街道の一帯を指して「屋根のない建築博物館」と表現する人もいるほどです。
丹後ちりめんとは?
商店や飲食店など、経済活動の場が少ない場所に訪れると表現される言葉…「静かなところだな」。
ちりめん街道は今、世間一般が言う「静かなところ」なのかもしれません。実際に、地域住民の意識もそれに近いものがあった。しかし平成の時代に入り、この街道に残る建造物が大変貴重なものなのだと知ってから、地域住民の心に変化が起き始めたのです。
京都工芸繊維大学および京都府立大学の先生や学生さん達の協力で進められた建物の調査や住民の意識調査、わが町を知るために幾度となく開催された勉強会、ちりめん街道を守り育てる会の結成など…。これらを経てちりめん街道は、平成17年12月27日に、全国72番目の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されたのです。
そして住民達は改めて、自分たちの住む場所が素晴らしい町だと気づくこととなりました。
このような貴重な町並みが出来上がった理由には、大きく分けて3つの柱があります。
- 文化 丹後ちりめんを中心とする文化・産業が栄えたこと
- 人間 町を牽引するリーダーとそれを支えた住民がいたこと
- 生活 観光地として作られた町ではないこと
そして、その背景にはやはり「丹後ちりめん」という最も重要なキーワードがありました。その歴史をひも解くと、幾重にも重なる深い必然が寄り集まった結果だと思い知らされます。「静かな場所」から生まれる形の無い感情や思いに浸るために、ここで少し、ちりめん街道の歴史に触れてみたいと思います。