ヨサヲさま
ZOOMは便利ですが、モノを決める時の和気あいあい感がないですよね。
先日、地元商店街の会議でエコバッグを作ることになり、リモートで会議。対面なら、「コレのどこがいいのん?」「ダサくない?」など、かなり厳しいダメ出しも場の雰囲気をはかりながら柔らかい口調で伝えられるけれど、リモートはそのあたりが不安。結局、画面共有で示されたプランを投票でパパっと決めた。味気ないです。
テレビを見ていたら「ブラジルでカポエラ習った。リモートで」「ネットで恋人できた。リモートで親に紹介した」みたいなコマーシャルをやってました。そんなんで人生、面白い?
若い人は今年をどう捉えたの?と問うと、「オトナは『ことしは我慢』とか『また来年がある』って言うけれど、僕らに次はない」と返ってきました。夏には甲子園大会中止がクローズアップされましたが、球児だけではなく、毎年違った体験をすべき若者にとって、2020年はやはり「失われた年」。集まって騒ぐのも青春、の大学生にとっても不自由極まりない1年でした。
話していると、ある学生が流行りの「香水」の替え歌を即興で歌ってびっくり。
〽2月にいきなりさ コロナが日本に来たとNews
菌とはもう何年くらいも縁がないのになんでやねん
去年の僕たちはさ 旅行も飲み会も行ってた
大人数で遊びに行ってはSNSに上げたね
でも見てよ今の世界 ソロになった遊び
学校の授業 それにミーティング 全部ZOOMになっちゃった
別に人は求めてないけど ずっと独りじゃさすがに寂しい
アベノマスク使わずに捨てた 全部コロナのせいだよ~
オリジナルの「君とは」を「菌とは」に変えていたり、ちょっと斜めに日々の実感を歌っていて秀逸でした。転んでもただで起きない彼らには、来る2021年への希望を感じました。
さて、それなりに人が出ている師走の京都の繁華街ですが、クリスマスの飾りは地味な印象です。
「あ、ことしツリーないやん!」。
たとえば京都駅。エスカレーターを降りて周囲を見渡したカップルも残念そう。三密を避けるため、名物の大階段前の巨大ツリーは今年はなし。代わりに、階段の電飾で、プロジェクション・マッピング的な映像を流していました。雪が降ったり、ツリーやサンタが映し出されて楽しいのですが、最初と最後はやっぱりコレ(写真)。
ちょっと、ため息。「アニメを見る時は離れてね!」「決して真似しないでください」といった、テレビでよく見る、アリバイ的に付けられたコピーにすら思えてきました。
来年はどんな言葉が現れ、使い倒されていくのでしょうね。
ミヤコさん
今日、2020年の初雪です。薄化粧の大江山です。すこぶる寒いですが、やっぱり雪の大江山はなんとも情緒的です、コロナ禍であっても。(そうそう、ミヤコさんの金閣寺訪問の話、ここも雪が似合いますよね、黄金に白のコントラスト。)
年末年始のGOTOトラベルが全国で中止となりました。日本中が、家にこもる年末年始になりますね。家族でほっこりの年末年始というより、経済が冷え込み不憫に耐え忍ぶ、寒い年末年始になりそうです。世界では、ワクチン接種がはじまりましたが、まだどうなるか、わからないなあ。先の見えない状態で新年を迎えることに、少々不安が募ります。
私の周りでは、年末の一仕事として、年間の事業活動の振り返りがあります。この時期になると資料作成に追われ、ドタバタの毎日が続きなんとか最終日を迎えるといったことが恒例でした。しかし今年はなんとも穏やか(?)な日々です。なんせ、実施したイベントや制作物がほとんどないのだから。スケジュール表を振り返って見ても、特に4月から6月まではほとんど空白。7月以降はキャンセル印が目立つのみ。アフター5もほとんど空白。会議はもっぱらZOOM会議と記され移動もほとんどありません。
これは私だけに限らず、みなさんもきっとそうなんだろうと。特に都会のビジネスマンは出社停止の在宅での仕事が中心でしょうから、いつもならこまめに毎日記入し確認する手帳は、すっかり空白なんでしょうね。
今年の仕事の変化として、ZOOM会議が増えたこと。今までほとんど実践したことなかったから、増えたというよりすっかりデフォルトになって慣れてしまった、が正解。これに慣れてしまうと楽にはなるんだけど、やっぱり何かが足らない。何とも言えない未消化感があって。これ、原因は「現場の空気感を感じないこと」ですね。そもそも会議の現場空間がないわけだから。PCやスマホのフィルターを通しての会議は、驚きや喜びや悲しみや怒りのパッションが伝わらない。だから会議も白熱なんかしない。人の発言の奥にある微妙な感情や意志を読み取るのが会議での重要な仕事でしたが、それがなくなりました。ほんとうにZOOM会議の決定でいいのだろうかと疑問も生じます。この合理化ツールが来年以降どうなっていくのだろうと思う年の瀬です。