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ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
コロナ禍の初雪と除夜の鐘 令和2年12月16日

ミヤコさん

 今日、2020年の初雪です。薄化粧の大江山です。すこぶる寒いですが、やっぱり雪の大江山はなんとも情緒的です、コロナ禍であっても。(そうそう、ミヤコさんの金閣寺訪問の話、ここも雪が似合いますよね、黄金に白のコントラスト。)

 年末年始のGOTOトラベルが全国で中止となりました。日本中が、家にこもる年末年始になりますね。家族でほっこりの年末年始というより、経済が冷え込み不憫に耐え忍ぶ、寒い年末年始になりそうです。世界では、ワクチン接種がはじまりましたが、まだどうなるか、わからないなあ。先の見えない状態で新年を迎えることに、少々不安が募ります。

 私の周りでは、年末の一仕事として、年間の事業活動の振り返りがあります。この時期になると資料作成に追われ、ドタバタの毎日が続きなんとか最終日を迎えるといったことが恒例でした。しかし今年はなんとも穏やか(?)な日々です。なんせ、実施したイベントや制作物がほとんどないのだから。スケジュール表を振り返って見ても、特に4月から6月まではほとんど空白。7月以降はキャンセル印が目立つのみ。アフター5もほとんど空白。会議はもっぱらZOOM会議と記され移動もほとんどありません。
 これは私だけに限らず、みなさんもきっとそうなんだろうと。特に都会のビジネスマンは出社停止の在宅での仕事が中心でしょうから、いつもならこまめに毎日記入し確認する手帳は、すっかり空白なんでしょうね。

 今年の仕事の変化として、ZOOM会議が増えたこと。今までほとんど実践したことなかったから、増えたというよりすっかりデフォルトになって慣れてしまった、が正解。これに慣れてしまうと楽にはなるんだけど、やっぱり何かが足らない。何とも言えない未消化感があって。これ、原因は「現場の空気感を感じないこと」ですね。そもそも会議の現場空間がないわけだから。PCやスマホのフィルターを通しての会議は、驚きや喜びや悲しみや怒りのパッションが伝わらない。だから会議も白熱なんかしない。人の発言の奥にある微妙な感情や意志を読み取るのが会議での重要な仕事でしたが、それがなくなりました。ほんとうにZOOM会議の決定でいいのだろうかと疑問も生じます。この合理化ツールが来年以降どうなっていくのだろうと思う年の瀬です。

ヨサヲ
三島なら、いまの京はまるごと炎上? 令和2年12月16日

ヨサヲさま

 なんてキュート!写真から幸せ感あふれます。同時に、「ら~ら~ら~」と小田和正の声も聞こえてきそう。ヨサヲさんは、言葉にできない親子の思い出もプロデュースしたのですね。大根抜きも面白そう。なるほど、「風景、キレイ…」だけでは心もとない。土まみれで笑い合うアクションがあって、記憶もしっかり定着です。
 当たり前のことに気づきました。これまで私が参加してきた大小さまざまなイベントは駆け回って準備してきた「人」があってのことだと。「こんなのいいよね」だけでは実現しない。駆け回ってくれたヨサヲさんのような存在なしには思い出もないのだと。
 いっぱい苦労があったと思いますが、参加した100人がアンバサダーとなり、口コミで与謝野の魅力を方々で伝えてくれるはず。間違いないですよ!大成功だ!

 いろんな意味で歴史に残る2020年が暮れていきますね。
 ワクチン接種開始の便りは届きつつ、まだまだコロナ禍の先行きは見通せません。とはいえ、京都の観光名所は、例年並みの人の波でした。(正直、「勘弁して」と思った市民は多いはずです)。
 連休を息をひそめてやり過ごした後、先日、久しぶりに鹿苑寺(金閣寺)に出かけてみました。普段は混んでいる超人気寺院ですが、杮(こけら)葺の吹き替えで金閣が見えず、今年は静か。境内には「普段はこんなです」という大パネルがあり、観光客が悔しそうに覆われた金閣を写真に撮っていました。

 金閣訪問を思い立ったのは、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で三島由紀夫が自決して半世紀のメモリアルとなる最近、三島に関するちょっとしたブームが起きているからです。
 川端康成との確執や東大全共闘の学生との対話、自衛隊への決起呼びかけとその失敗。さまざまな切り口で、生き急いだ天才の実像に迫ろうとする特集が放映されました。書店にはコーナーがつくられ、傾倒する若い俳優たちが新しい解釈で三島の戯曲を舞台化もしています。
 市川雷蔵主演で映画化もされた「金閣寺」は自決の14年も前に書かれていますが、俗なるものへの憎悪や美との心中ともいえる炎上など、不穏な予兆をはらんで興味が尽きません。

 こんな理由もあって軽い気持ちで訪ねたのですが、これが大正解。
 平日の午後4時前。鏡湖池に西日が差し、名残の紅葉が静かな境内に揺れていました。方丈、書院の優美な姿。滝の音に鳥の声。三島だけでなく、この世の美を尽くそうとした三代将軍・足利義満のまなざしが感じられるようで、思わず「これぞ京都や」と。
 久しぶりに実感したふるさとの底力。ただし、皮肉なことに、人がいないからこその再発見でした。フクザツだなあ…。三島が存命なら、筆の力で、いまの京都をまるごと炎上させるかも。バスに揺られる帰路、つらつらと考えました。

ミヤコ
与謝野町観光協会 会員企業
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