ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
「アートの京都」か「スポーツの東京」か、あなた(の町は)はどっち? 令和元年9月18日

ミヤコさま

 京都の「アートの秋」羨ましい。
 ICOM(国際博物館会議)の京都大会も半年前からお誘いがありましたが、結局行けずに終わりました。残念でなりません。この「京博寄託の名宝」展も興味をくすぐりますね。こういうことができるのが、京都なのですね。
 考えてみれば、お寺も仏像もみんな建造物、立体物(彫刻?)としてのアート作品ですね。そう考えると京都には無数のアート作品が存在していることになります。街自体がアート、と時折聞きますが、まさに京都はすべてがアート。イタリアを訪れた時に、全く同じことを思いました。どの町どのスポットも絵になる、適当に写真を撮っても素敵に写る、そんな感じでした。京都を訪れる海外からのお客さんもきっとそんな思いなのでしょう。

 先週は、仕事で東京に行ってきました。東京はどんどん変化している。来年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、すべてが動いている感じがします。オリンピックの各会場の建設も急ピッチで進んでいて、未完成ではあるもののその姿がはっきりわかるようになってきました。
 たまたまMGC(マラソンの2020年代表選考レース)が行われており、沿道にはすごい人でした。また、今週末から始まるラグビーワールドカップも盛り上がっています。
 東京は、まさに「スポーツの秋」といったところでした。

 「アートの京都」と「スポーツの東京」、静の京都と動の東京。こんな対比はとても分かりやすい。しかも対比することでどちらもさらにエッジが増し、魅力的に見えます。
 日本人の心の奥や、訪日客の方にもこんなすみ分けができているのでしょうね。
 日本中の市町が、「京都」派か「東京」派かの大きなディレクションで町おこしをすれば、もう少し魅力的になるのではないかと思います。
 今は、どこの市町も、ミニミニ東京・ミニ京都化してしまい、どの市町にも、マラソン大会やアート展が行われています。隣町で同日に同じような催しが行われていたり。やはり行政主導の弊害です。人は、市町を訪れるのではなく、コンテンツに誘われるのだから。

 振り返ってみてここ与謝野はどうなのか?きっと京都派な町づくりなのでしょう。着物や農業をどうやって「アート」領域にできるか。それはやはり作られる製品、商品そのものに磨きがかけられるかですね。

 なーんて、秋の夜長の妄想です。(笑)

ヨサヲ
並ぶ寄託品に、ふるさとを思う 令和元年9月18日

ヨサヲさま

 田植え、稲刈り、フルーツ狩りではない、非非非日常で大成功、おめでとうございます!私はイベントが、「ファミリー以外でも参加できる」のも勝因だと思います。特にフルーツ狩りなどは、やっぱりファミリーの思い出づくり的な要素が強い。でも世の中、単身者だって、こどもがいないカップルだって、非日常を楽しみたいものです。ちょっと大人っぽいイベント設定、あるようでないんです。これからも、「オトナ楽しい」イベントをどんどん企画してください。
 大江山ナイトハイクは心ひかれます。福知山に赴任中、秋が深まると、まだ暗いうちから同僚と大江山に登ったものです。目的はもちろん、雲海!海原に丹後の山々がまるで島のように点在している幻想的な風景は一生忘れないでしょう。今秋は、記憶の上書きに出掛けなきゃ!

 京都市内はすっかり「アートの秋」です。
 「いい展覧会はオリンピックイヤーの来年に集中、ことしは今ひとつか‥」と思いきや、今月初旬にICOM(国際博物館会議)の京都大会があり、138カ国から3500人の博物館や美術館の専門家が京都に滞在しているためか、あちこちで良質なイベントが目白押し。
 なかでもオススメは京都国立博物館(東山区)の「京博寄託の名宝」展です(16日まで)。入館料はほぼワンコインの520円。ですが、重要文化財59点、国宝36点が出ています。
 「風神雷神図屏風」や「伝源頼朝像」など、教科書で見た名品がずらりです。与謝野町比丘尼城出土の銅鐸や、与謝蕪村の「夜色楼台図」など与謝野ゆかりの出品もありましたよ。

 ひと目みたら忘れられない「宝誌和尚立像」も人だかりでした。僧の顔が真ん中から割れて、中から観音がのぞく衝撃のフォルム。人間の腹を破って出てくるエイリアンもビックリです。
 この仏像は下京区の西往寺の寄託品です。もちろん、京博ともなれば、寄託する側の寺院も小規模ばかりではありません。建仁寺、大徳寺、妙心寺など本山級の有名寺院も預けまくっています。預けてもまだまだお宝はあるでしょう。でも西往寺はまちなかの小さなお寺。もしかしたら唯一無二の逸品を、重文指定を機に寄託したのかもしれません。

 私は仏像が好きで、お寺巡りとともに、各地で開かれる資料館の仏像展によく出掛けるのですが、いつも少し心が痛くなります。地方の小さな寺院が宝を守りきれず寄託している例が多いように思います。ライトの下におられる仏様も寂しそう。長年、里のお寺で人々を見守ってこられたのでしょうから‥。
 散逸したり、劣化するより安心だけど‥。ふるさとを離れて寄託展に並ぶ品々に、ちょっとしんみりした秋の日でした。

ミヤコ