ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
「したみち縦貫道」に物語を。 平成30年11月21日
ミヤコさま

  京都縦貫道の開通は、府北部にとって待ち望んだ夢の道路の開通でした。京都から3時間、しかも曲がりくねった細い道、走っては止まりの連続の信号道を、幾度となく往復しました。行きはともかく、帰りはたいへん疲れる道でした。
  それが、天の橋立ICから縦貫道に上がれば、ほんの1時間半で京都エリアに入ります。しかもノンストップ、ノンストレスで。
  ここから都・京都を目指すのは、京都(市)という点(スポット)です。
府下に住む者にとっては、目指す京都に1分でも早く着きたい一心。しかも自分の町と似たような光景を楽しもうとは全く思わないものだから、ひたすら走る。亀岡あたりまでの目に入る風景はほとんど変わらず、どこも一緒の京都府下=京都市以外。京都府下は、与謝野も舞鶴も園部も亀岡も一緒です。

  やはり京都府は、京都市と京都市以外に分断されます。あえて「分断」と言いますね。観光パワーにしろ、経済パワーにしろ、格差が著しい。京都市が観光地として日本というより世界を代表する超メジャー地であることも原因でしょうが。それにしてもです。(悲)

  ミヤコさんは、京都という点(スポット)から、府下エリアの楽しみ方を提示してくれています。この視点はある意味、訪日・日本人を問わず観光客視点です。
  縦に長い京都は、風土の変化を楽しめる絶好の地形でもあるわけで。
  京都府下がこの観光客視点に気づき、風土の変化を楽しめるような工夫ができれば、それはさらに歴史や文化の違いを楽しめるような工夫に展開するはずです。
  「したみち」に物語(ストーリー)ですね。

  「早い」「便利」の目線でしかない我々府下に住む者ではなく、まさに府下外の方の「余暇」と「時間」の楽しみ方のアイディアや知恵が必要です。

  遠いから面白い、時間がかかるから楽しい、不便だからこそ価値がある、何も無いからすばらしい!そんな「したみち縦貫道」にしたいものです。
  与謝野への道は「したみち」で。その通り!と自信をもって言えるように。
ヨサヲ
与謝野への道は「したみち」で。 平成30年11月14日
ヨサヲさま

 与謝野は錦秋の始まりでしょう。京都市内に住んでいると、山々の紅葉に憧れます。もちろん京都盆地は南以外の三方を山に囲まれて、どこにいても山が望めます。しかし、ご存知の通り、京都市の山は常緑のスギが多い。特に、鴨川にかかる橋から見る北山の連なりは、四季を通じて青々としています。整然としていて美しいけれど、どこか人工的な印象。私はパッチワークのキルトのような、暖色にぎやかな山里の秋にひかれます。

 さて、前回の書簡でヨサヲさんが書いてくださった「与謝野入り」。どんな時でも、これだけは守りたい、私のこだわりです。 先日もお話ししたのですが、私は以前から「丹後王国」に興味がありました。ある時、手に取った本の表紙をめくると地図が載っていました。それは朝鮮半島や大陸を下、日本を上にした地図で、そう配置すると日本海がまるで地中海のようでした。異国までかなり距離がある太平洋側に比べ、日本海側こそ日本の玄関やん!と目からウロコの思いでした。今でも手元にある『日本海域の古代史』(門脇禎二著)です。
 王国へ近付くわくわく感を味わうために、京都市から車で与謝野に行く時は下道、つまり国道や府道を走るのです。そうすれば、丹波、福知山を経て、文化が変わる瞬間を肌で感じることができます。大江山の酒呑童子も、南からの侵入を防ぐ仁王の役割を果たしていたのかも。独自の権威や文化を守るためには、衝立になる山が必要です。
 この感覚、目的地に何より速く到着させようとする高速道路では味わえません。 京都縦貫自動車道は、最寄りの与謝天橋立ICに続いて、3年前にはようやく丹波と京丹波わち間もつながり、全面開通になりましたね。実は先日の帰路は、高速に乗りました。カーブも少なく、走りやすい。しかし、そもそも高速道路は人里離れた山の中がルートなので、景色はどこも似ていて単調。休憩や買い物もサービスエリアに集中して、途中の集落でふらりと店を覗く楽しみも少ない。何より、「あ、風土が変わった」というトキメキがないのです。
 高速道路はよく「観光の決定打」のように言われます。つながれば都市部からもアクセスしやすく、観光客の増加も確かに期待できるでしょう。でも、「速い」「便利」ばかりでは、気づかぬ魅力が与謝野にはありますよね。
 観光客が多い土日は高速も渋滞します。先日もひどかった‥。ならば、なおさら「シタミチ」です!
ミヤコ