ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
白川橋、光秀しのんで蛍舞う? 平成30年6月27日

ヨサヲさま

 田んぼにもまだ水面が見え、緑したたる丹後の山々や青空を映していることでしょう。鳥の目で与謝野散歩してみたいです。夜には蛍もさぞかし。以前に読んだ小説に、蛍の群舞を表し、「小さな松明を持った子どもたちが駆け回っているよう。にぎやかなのに静寂だ」とありました。美しい上、「本当にそうだな」と心に残っています。
 京都市内で蛍の名所といえば、東山三条の白川橋です。ここは繁華街に近く、交通量も多いのに、蛍がたくさん飛んでいる不思議なポイントです。
 近くには、ある名君の首塚が。そう、ヨサヲさんとのやり取りで盛り上がる明智光秀公!丹波や丹後地域では慕われているものの、京都市内ではまだまだ「逆賊」的扱い。ゆかりの地もないのかな‥と調べたところ、首塚の存在を知り、早速、訪ねてみました。
 橋から白川のほとりを南へ、二つ目の角を曲がれば、住宅街にひっそりと祠が佇んでいます。五輪塔の首塚は風化して丸みを帯びてはいますが、ゆかりの桔梗も植栽され、周囲はきれいに清掃されています。ちょうど、花束を手にしたご婦人が来られました。聞けば、「亀岡出身の父が月詣でしていた遺志を継ぎ、私も花を手向けています」とのこと。そこに、角の和菓子屋「餅寅」の女将さんもお餅を供えに来られました。小栗栖で殺された光秀の首級は本能寺に晒された後、この近くの粟田口に葬られたといいます。首塚は亀岡の谷性寺にもあるが、「ここには遺骨も収められている」とお二人。
 真偽はわかりませんが、京都市内の人にも光秀公が大切にされていると知り、嬉しくなりました。餅寅には桔梗の焼印の「光秀饅頭」も。抹茶と白味噌という京らしい組み合わせで、ドラマの頃には全国的な名物になるかも。もちろんゲット!夜の蛍狩りに向けた「むしやしない」にもぴったりのおやつでしたよ。

ミヤコ
光秀降臨、雨降りの季節に 平成30年6月19日

ミヤコさま

はじめて、お手紙なんぞを送ります。英語でMAILなんですね。あたりまえだけどなぜか新鮮!6月は雨が降る季節ですが、最近こちらの話題は、明智光秀が降ってきたこと。そう「光秀降臨!」です。

このニュースで京都府北部はえらく盛り上がっています。特に、ミヤコさんも懐かしい福知山市などは、大喜びです。正直、私は、明智光秀のことよく知りません。あの織田信長公を相手に「謀反」という言葉を世に流行らせたお方との認識くらい。大河の主役の光秀役は、長谷川博己さん。長谷川さんは、2011年テレビ東京放送の「鈴木先生」というドラマの時から注目されてました(私、ずっと観てました。)が、いよいよ、NHK大河に抜擢されましたね。(正直、西郷どんの鈴木亮平さんより上!?)

放送は、2020年のオリンピック・イヤー。それまでに、このエリアが、どれほどまでに明智光秀なる素材を観光コンテンツとして料理できるか?楽しみでもあり不安でもあります。(笑)

さて、こちらは農家の方々の田植え作業がほぼほぼ終了し、町は水田一色。空から見る景色は、ミヤコさんにちょっとお見せしたいですね。あとは、美味しいお米に育つよう祈っております。秋の収穫直後の新米をプレゼントしますね。

6月は梅雨。といっても、1年で一番雨が降る月じゃないんですね。9月、10月、8月に次ぐ4番目。5番目は7月。雨が降らなくても曇り空が続くとか、なにかとすっきりしない日が続くと思われますが。でも、このじめじめした湿った気候が、この町のちりめん産業には好都合・好条件だったわけで。まさに、 農業、ちりめん産業のこの町には「恵みの雨」。先人の先見性に頭が下がります。写真は、数日前の田植え作業風景。農家の皆さんにとっては、絶好の「恵みの晴」。

ヨサヲ
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