夏河を 越すうれしさよ 手に草履
丹波の加悦といふ所にて
夏河(なつかわ)を 越すうれしさよ 手に草履(ぞうり) 蕪村
江戸時代中期の俳人、与謝蕪村は宝暦四年(一七五四)に丹後を訪れ、当地で右の俳句を残しました。
与謝野町は蕪村の母親の生地であるとする伝承があります。丹後国与謝村の農家の娘として生れた「谷口げん」なる女性が、出稼ぎ先の摂津国毛馬村(現在の大阪市都島区毛馬町)で蕪村をもうけたというものです。その後、与謝村に戻った彼女と共に、蕪村も少年時代の一時期をこの地で過ごしたと言われています。
こうした伝承から、蕪村の夏河の俳句は、亡き母と過ごした少年時代への憧憬を織り込んで、しばしば次のように解釈されます。
夏の暑い中を歩いていると川の前にやってきた。対岸へ渡りたいが、見回すと近くに橋もなさそうだ。
そこで草履を脱いで両手にぶら下げ、素足で川の中にじゃぶじゃぶと入っていった。
流れに触れる足の冷たさはとても気持ちよく、こうしていると子供の頃に裸足で川遊びをしたことなどを思い出し、我ながら何とも嬉しい心持になってくる…
前書きの「丹波」は「丹後」の誤りとされています。「加悦といふ所にて」と続くことから、「夏河」とは、町内を流れる野田川ではないかと言われています。
この前書きは蕪村の晩年、天明期にそれまで作った俳句の数々をまとめた「蕪村自筆句稿」が書かれた際に付されるようになりました。山形県酒田市の本間美術館が所蔵するこの自筆句稿の筆跡をそのまま石に刻んだ句碑が、町内滝のSL広場裏手の野田川親水公園に設置されています。
ご紹介した句碑は与謝野町加悦地区「親水公園」駐車場の脇に据えられています。親水公園は、春には桜並木が美しい開放的な河川敷で、行楽シーズンなどには子供たちの遊ぶ声が心地よく響きます。見上げると大江山の雄大な姿を望むことができ、大江山から流れ出した美しい水は、町内全域に流れていきます。
また付近には「加悦SL広場」があり、国の重要文化財に指定されている「123号蒸気機関車」(2005年6月指定)などが展示されています。重要文化財となった機関車に直接触れることができるのは、全国でここだけになります。