ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
京のかき氷、何であんなに高いのか。 平成30年8月08日

なるほど!蕪村も若冲も、確かに流行のクリエーターです。
 当時から引っ張りだこだった蕪村はもちろん、若冲も生前から斬新な作風が人気を集めたといいます。ホップという新しいアイテム、何ともイラスト映えする葉っぱや実のカタチ‥創作ゴコロをかき立てられていたはず。
 それにしても、ホームページの動画や写真、すてきですね。夏空と青い山にホップが映えます。ハイカラな晶子とともに、蕪村もきっと詠んだはず。「酒十駄 ゆりもて行くや夏木立」という句を見つけました。「酒」を「ホップ」に替えれば、ホップを背に麦酒工場に向かう馬の後を、ゆらゆらついて行く蕪村の姿が見えそうです。
 与謝野絶景ビール、京都市内でも飲めますか? この時期、京都市内はデパートの屋上から花街まで、多彩なビアガーデンがあります。職場の暑気払いもビアガーデン!といきたいけれど、最近は観光客が多くてどこも一杯。地元民の癒しとガス抜きの場がどんどん少なくなっていきます。
 私は実は下戸なので、夏の楽しみといえば断然「かき氷」です!
 京都市内には行き尽くせないぐらい多種多様なかき氷があります。「なぜ、氷とシロップでこの値段なのか」「なぜ、こんなに腹が膨れるのか」「なぜ、観光客はこんなところまで来るのか」など毎年同じ会話を繰り返しつつ、週末には友と「かき氷狩り」へ。
 桃やキウイ味がたまらない北野天満宮の「古の花」、下鴨神社・糺ノ森の蝉時雨の中でいただく茶屋「さるや」、行きにくい場所ながら人がわんさか桂の「中村軒」、梅蜜にうっとりお値段も優しい一乗寺「中谷」、高値にひるむがひと夏に1度は食べたい「虎屋菓寮」・・おすすめも尽きません。
 写真は、京菓子の笹屋伊織が営む大丸京都店内のカフェ。定番の宇治金時ながら、「濃茶」とあるのを注文しました。抹茶量が3倍といい、口の中は「清涼」というより、じんわり「熱」を感じるような濃さでした。美味!
 酷暑の中にも、もうすぐお盆。逝く人しのぶ送り火とともに、かき氷の夏が行くのが、私はさみしい‥。

ミヤコ
クリエーター蕪村、そして若冲 平成30年8月02日

蕪村は42歳以降、生涯を京都で過ごしたのですね。
(定かではありませんが、母の故郷である与謝野より)京都が大好きだったのでしょう。
3年前、東京サントリー美術館で「若冲と蕪村」の展覧会がありました。二人は、1716年生まれの同じ年。二人の生誕300年の記念企画ものでしたが、この二人が同じ年でしかも同時期に京都にいたことは、驚きでした。
若冲は、錦小路の青物問屋に生まれ、隣町の帯屋町の町年寄りなど勤めたようですが、蕪村の住んでいた、仏光寺烏丸西入とは、「ご近所さん」だったことになりますね。彼らがお互いの存在を知っていたかどうかや付き合いがあったかどうかはわかりませんが、京都の町ですれ違っていたかもしれません。いやぁ、ロマンです。
今なら、この二人のクリエーターに京都市や広告代理店がコラボ企画を作成し、京都の街のデザインや新たな京都の魅力の発信を依頼していたかもしれませんね。二人の共同制作ポスターなども作り、しかも蕪村は俳人でもあったわけですから、二人が描く絵にすばらしいキャッチコピーをつけてくれたことでしょう。そしてその作品は瞬く間に世界中の注目を集めたはずです。(増々観光客が訪れ、京都はえらいことになっていたはず。)
与謝野町も、蕪村に「大江山山水図」を、若冲に「鶏」や「葡萄」ではなく「コウノトリ」や「ホップ」絵を発注し、町の魅力づくりにひと役買ってもらったと思います。
蕪村の感性は、ミヤコさんのおっしゃる「日本各地の豊かな自然や風土を愛しつつ、都会の喧噪も好む。」から培われたものかも知れません。
都市と地方のあらゆる格差問題が起きている現代にあって、国が取り組む社会問題、観光をはじめとする産業振興、なによりも現代人の人格形成において、今もっとも学ぶべきバランス感覚です。
ありがたいことに、ここ与謝野には蕪村の残した(今風な表現で言う)コンテンツがいっぱいあります。まずは、自らこの目で確かめて、蕪村の感性に触れてみたいと思います。

ヨサヲ