ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
もはや、京都市と京都府の連携しかない! 平成30年12月05日
ミヤコ様

  京都市の失敗例(?)、ここ何度か仕事に行くたびに実感します。
  もうはるか昔のことですが、私の大学時代の京都はこうではなかった。京都は、あの頃から「観光都市京都」でしたし、観光シーズンになれば市内の名所旧跡は混雑してました。が、その混み具合がなんというか快適とは言わないまでも、有名なところを訪れる仕方のない状況、だったように思います。観光ハイシーズンで京都が込み合うのは、町が人で溢れ刺激的でした。「適度な混み加減」だったと思います。
  適度の視点からだと、京都はもうパニック状態。温泉での烏の行水状態といったところでしょうか。

  最近は、天橋立や伊根で、混雑によるパニック状態が見受けられるようになりました。
  観光客も、いろんな情報を得て効率的な旅を分かってきたのか、京都からの日帰りが増加しています。天橋立からの京都行18時05分の特急は、毎日お盆や年末年始の混雑状態。しかも9割が訪日客。異常な光景です。
  観光客誘致の成果とも言えますが、どんどん観光客も賢くなって旅上手になり、「お金を無駄に使わない旅行」にシフトしてきてる感じがします。観光客数増加に比べ、消費増加額が圧倒的に少ない状況はこれから大きな課題となるはずです。困ったもんだ。

  年間3000万の来場者数の東京ディズニーランドは、95%のリピーター客です。もちろん海外からの一元のお客様も年々増えているでしょうが、それでも集客のベースは、日本人のリピーター客。混雑を緩和するために、いろんな策も練られていると思われますし、何よりエリア拡大という大型施策が打たれています。我々が学ぶことが多いエンタテイメント施設です。

  京都市には、観光エリア拡大ということはできません。やはり混雑緩和の施策としては、京都市から京都府というエリア拡大の手しかないような気がします。いつまでも京都市と京都府の分断状態が続くようであれば、どちらも共倒れになることが容易に分かります。

  イタリアは、ローマ・フィレンツェ・ミラノと世界的な観光都市が点在しますが、イタリア全土ゆっくり旅するとなにげない小さな町にもすばらしい魅力がありますし、移動道中の風景も楽しめます。京都府が、イタリア旅行的になれば、南北を「上道」で行くこともなく、歴史や文化そして食を楽しめることができるはずです。ミヤコさんのおっしゃる通りです。
  京都市と京都府、もっと相互な連携連帯が望まれますね。
ヨサヲ
観光客倍増で地元は幸せになる? 平成30年11月28日
ヨサヲさま

  美しい季節は駆け足、ずんずんと季節が進みます。昼間には暖かでも、朝晩は冷えます。吐く息も既に白く、長い冬に突入です。あ、平成最後の冬なのか。このごろは残り少ない年号、時代を惜しむように何にでも「平成最後」の枕詞が付いていますね。先日、商店街を歩いていたら「平成最後のアンチエイジングの日」と書いてあり、平成最後にして初めて、そんな記念日(「いいとし」で11月14日らしい)を知りました。

  さて、仕事で少しの間、福知山に住んでいたとき、府道や国道を含む「道路への期待と失望」を何度か耳にしました。過疎化が進むまちの人たち曰く、「道路ができれば楽に行き来できる。だから、若者は都会に移住しなくて済むし、まちの商店にも人が来る、と思っていた」。しかしフタをあければ「楽なことで、かえって若者も買い物客も都市に行ってしまった。それどころか、地元負担のメンテナンス費も結構きつい」と。
  その言葉を裏付けるように、商店街は年々活気を失い、暮らしに不可欠な施設、たとえば診療所や金融機関が少しずつ姿を消す地域もありました。

  こんな実感を経て、かつてのように道路に課題な期待はせず、でも、利便性のアップは絶好のチャンスとして、ウィンウィンな活用策を探るときなのでしょう。ぜひ、与謝野の良さをそのまま愛し、味わってくれる観光客を呼び込みたいものですね。

  それは「数」「量」では決してないです。もちろん、与謝野ファンを増やしたいけれど、適正規模は守りたい。「とにかく量」となると、ふるさとの姿が変わってしまいます。
  ぜひ、京都市の失敗(あえて「失敗」と言っちゃいます!)をご参考に。
  狭いバスも地下鉄も、観光客のキャリーバッグとリュックでギュウギュウです。行きつけのうどん屋にもいつの間にか長い列。京都市は古くから観光都市ですが、この数年は本当にひどいです。通勤もちょっとした移動も、キャリーバッグの観光客と同乗(写真)。ちょっとしたゴハンさえ待ち時間がある。こんな日常は異常です。
「観光公害」という言葉が市民から聞こえるようになり、京都市は「量から質へ」を合い言葉にブレーキを踏んでいるけれど、なかなか歯止めはかかりません。
観光客を歓迎したり親切にしたりする心の余裕は、地元の住民の快適な暮らしが守られてこそと、つくづく思います。
ミヤコ