ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
まだまだ1月。餅消費、真っ最中! 平成31年1月24日

ヨサヲさま

 つきたての餅の柔らかさ、温かさ、たまりません。ところどころに餅になりきれなかった米粒も残っていて、それがまたきな粉や醤油にからんで美味!ですよね。

 以前、売りに出すことになった祖父母の家を片付けに行った時のこと。蔵に使われなくなった古い臼を見つけました。はるか昔、正月にはいとこたちとにぎやかに餅をついたものです。しばし、楽しい思い出にふけりました。

京都市内でも餅つきの光景は滅多に見なくなりました。冬になれば、幼稚園やまちのイベントでは必ず餅をついていたけれど、衛生面を過剰に懸念するご時世か、それすら少なくなっている印象です。とても残念です。みんなの笑顔とともに記憶に残る幸せな思い出を与謝野がプロデュースできれば、多くの人の「心のふるさと」になります!

 

餅つきはしなくなったけれど、松の内といわず1月はまだまだ「モチ消費強化月間」です。我が家は大晦日、米穀店につきたてホヤホヤを買いに行くのが恒例です。

実家では白味噌、丸餅のお雑煮をおかわりし、あべかわ、醤油にのり巻き、そして、今年は砕いた「くるみ」をまぶして食べました。ただし、親が年老い、兄弟たちも大人になり切ると年々餅が余るのは、少し切ないですね。余った餅を持ち帰り、15日の「小豆粥」にも入れて食べ、残りは「鍋の〆」にと冷凍庫で待機中です。

 

年明けから飛ぶように過ぎる日々に少々焦り、「まだまだ1月」を体感するために、先日、護王神社(京都市上京区)に行きました。社の祭神は平安京造営に寄与した和気清麻呂。そして、道鏡によって流罪になった清麻呂を救うためにイノシシが活躍した、との伝説から、境内はイノシシだらけです。

久しぶりに訪ねてみて、イノシシ・アイテムが激増していることに驚きました。狛犬もイノシシ、手水舎もイノシシ。チェーンソーの木彫あり、鳥居横には石像あり、祈願殿前には参拝者が奉納した願掛けの「座立亥串」がところ狭しと刺してあり‥。もちろん、拝殿に掲げたビッグ絵馬も今年はイノシシ。こじんまりした境内ですが、参拝者が隠れイノシシを探して回り、大変なにぎわいでした。

ミヤコ
お餅は「つく」もの。 平成31年1月24日

ミヤコさん

 会社勤めが始まり、すっかり気分は仕事。また日常のメールだのネットだのIT社会の中での日常が始まりました。

 ミヤコさん、この正月、お餅食べられましたか。
 我が家は元旦の朝に家族そろって雑煮餅を食べ、夜は豚しゃぶの締めにお餅を入れます。2日目の朝は味噌汁に白菜とお餅。3日目はこんがり焼いて、大根おろし醤油で。
 基本、1月はお餅月間となり、特に朝は毎日のように餅を食べて家を出ることになります。
 この正月餅、いつもスーパーの市販の餅を購入していましたが、今年は4日に「餅つき大会」が行われ、何年かぶりに「臼でついた、つきたてのお餅」を食べました。いやー最高に美味い!。(じんわりあったかい)つきたてのお餅に少し醤油を垂らし、またきなこをつけて。餅つきも何年かぶりに参加して、杵を振りかざしました。1時間前のもち米が、粘りのある固形になり見事なお餅となって仕上がるさまは、とても不思議で面白い。
 この餅つき、田舎ではよくある正月の光景ですが、都会ではほとんど見られないですね。(おっと、スーパーやショッピングモールのイベントではありそう。)
 都会育ちの子供達に「この餅どうやってできる?」と聞いても答えられないかもなあ。もしくは家庭用の餅つき機がある子供は、機械で練られるとでも答えるかな。
 都会の子供たち、餅は「つく」ものです!

 臼を囲んで、みんなで掛け声をかけながら、つき手と練り手で作り上げるお餅を見届け、つきたてのお餅をみんなで食べる。なんとも喉かで安穏な時間です。
 こうした地方にまだ残る何気ない日常の行事を大切にしたいものです。

 田植えや稲刈りが、体験コンテンツとして都会のファミリーや学校関係者に人気があるように、餅つきもきっと楽しい体験コンテンツになります。
 餅つきツアー、きっと訪日にもウケると思うなあ。

 これから夕食、今日はきなこ餅です。

ヨサヲ