ヨサヲとミヤコの往復書簡 京都に憧れる与謝野のヨサヲ。与謝野に憧れる京都のミヤコ。往復する2つの想いは、ただの雑感? それとも…。
信仰と観光の矛盾 平成30年8月29日

お盆を過ぎると、なぜか急に寂しくなります。お盆帰省で人口増した町もいつもの人がまばらな町に落ち着きました。
京都のお盆のクライマックスが五山送り火なら、こちらは宮津の灯籠流しかな。
京都が山と火なら、こちらは水と火。

7月の大雨その後の猛暑と、自然の脅威に日本中がさらされました。こちらでも、その自然の脅威で、農作物や盆花の生育に影響が出て、盆花は昨年の半分の量となりました。大都市でグローバル市場経済、日々急速に進化するIT技術に翻弄される一方、地方は、どうしようもない自然の力に翻弄されなければならない状況。都市と地方のギャップを感じるとともに、地方の、お祭りや先人を敬う理由や重要性を強く感じます。

 2011年、あの時私は東京のど真ん中で、帰宅困難者となっていました。東京の公共交通インフラがクラッシュしたためで、何キロもの道をくたくたになりながら帰宅しました。疲れ果てましたが、数日後に回復しました。一方、被災地は、生死の、命の問題でした。

今回の大雨も命の問題。経済破綻や高度情報システムの破綻は、大混乱を招きますが命まで奪わない。しかし、自然は命を奪います。
まさに先人から脈々と続く自然に対する信仰、神頼みの思いを実感します。

 宗教行事を観光コンテンツとして、市場貨幣経済のテーブルにあげることの是非。
自然に対する畏怖・畏敬の念、先人への敬意・感謝の行為や行事が、現在の市場貨幣経済システムでは、集客ツール、商売(ビジネス)ツールとなり経済が潤うという図式(構造)の矛盾。祭事の当事者にそんなつもりはかけらもなく、ひたすら自然や先人への感謝の気持ちだけでしょうに。
本来は(悩み悲しむ人の)救いの場所であるはずの寺院が、観光客によって(維持管理が)救われるという矛盾。京都の神社仏閣を訪れる人たちに、信仰とかの気持ちはあるのだろうか。手を合わせる行為をどう思っているのだろうか。手を合わせた瞬間、どんな気持ちでいるのだろうか。ふと、そんな疑問をもってしまいます。
信仰か観光か。ミヤコさんのお気持ち、察します。

ヨサヲ
行く夏は、苦い思い出と切なさと 平成30年8月22日

都会から子どもたちが帰省するお盆も過ぎ、与謝野は再び静かに、でも少しさみしくなったかもしれません。孫たちのために売られていた大きなスイカも、一口大のパック入りに戻ると、スーパーの売り場も「夏感」がなくなりますね。
 京都市内もまだまだ暑いけれど、ジリジリしていた太陽とセミの声の勢いは確実に衰えています。先週には「五山の送り火」も終わってしまい、切なさが止まりません。大勢でにぎやかに見上げる花火とは違い、送り火や精霊流しはひとりで、またはごく親しい人と静かに見つめたいものです。
 毎年それなりに静かに過ごしてきた送り火ですが、7年前は様相が違いました。
 覚えておられますか?東日本大震災の「被災マツ」問題。
 陸前高田で被災した松でこしらえた薪を大文字で焚き上げる計画が、微量の放射性セシウムが検出されたため、見送られました。慌てた京都市が「安全な薪で実行する」としたものの、こちらも結局は中止。京都は全国から批判を浴びることになりました。元々は集落の氏子たちの宗教行事ですが、いまや夏の京都のビッグイベントとして観光客誘致に大いに利用されていますからね。反響はとんでもなく大きかったのです。
 私は当時、観光関係の仕事をしていたため、職場には他府県からお怒りの電話が何本もかかってきました。その中で「普段は偉そうなくせに」「昔から京都は好かなかった」と言われたのが印象に残っています。

 そう、実は京都を苦々しく思っている人は結構多い。それがこの事件を機に噴出している感じでした。「ヨソとは違いますえ」といった上から目線といい、小さなまちに観光客を呼ぶだけ呼んで大混雑の現状といい、他府県の方が怒る気持ちもわかるのです。
 以来、送り火を迎えると、この経験を苦く思い出します。五山の地元の人たちも同じでしょう。あの年、被災地の松に書かれていた名前を彼らが護摩木に一つ一つ書き写しているのを見ました。地味な作業で余り知られていませんが、心に染みる光景でした。
 送り火もそうですが、地元が受け継いできた素朴な宗教行事や風習が、観光イベント化している例は多いようです。信仰か観光か。今後も京都の課題だろうな、と思います。

ミヤコ