writer
浅井ゆうみ
福知山公立大学
地域経済学科
2回生

12月なのに暖かな夏日が観測されたりしましたが、ついに与謝野町にも初雪が降ったそうですね!
清水さんが前回のコラムの中で割烹着の話をしてましたね。
風呂敷や割烹着など昔に使っていた道具って、便利だったり環境に優しかったり「使う」以上の役割を果たしている気がします。
私はカトリック系の女子高校に行っていた時、掃除の時間に割烹着を着る文化がありました。割烹着の「使う」以上の役割って、着ている人の清楚に見せ、ちゃんとしてる感を醸し出すことだと思います。たまに近所のおばあちゃんに、「掃除してて、偉いわね。やっぱり〇〇高校は素晴らしいわ!」って突然褒められることがありました。手より口の方が動いている時でも熱心に掃除をしているように見えたり、美味しそうなご飯を作ってくれるように見えたり、割烹着を着ると素敵に見える魔法がかかりますよね。
 昔の道具の良いとことを挙げればキリがないですが、現実問題として使用頻度や使用する人は減少しています。それは、ライフスタイルの変化やそれに代替するモノの登場が考えられます。

 なんで使われなくなってしまったんだろう?どんな良いところがあるのだろう?

そうやって考えさせられる機会は少ないですが、そのものを「使う」以上の価値について想いを巡らせることも大切なのだと思います。

一覧にもどる